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昭和30年代半ばは

 投稿者:管理人  投稿日:2009年11月 6日(金)07時22分29秒
返信・引用
  バラエティ番組誕生の時期でもあり、
昭和36年4月に「夢であいましょう」、同年11月に「シャボン玉ホリデー」が始まり、
音楽とコントをメインにした構成の内容が人気でした。
このサイトでも紹介していますが、渥美清なども前者に出演しています。

よしおさん「アラシックス」より「アラカン(還暦)」と呼ぶのだそうですよ。
 

「さびしいー」だったか

 投稿者:よしお  投稿日:2009年11月 6日(金)00時45分20秒
返信・引用
  「さみしいー」だったか、一発ギャグが一世を風靡しましたね

病気をしたそうですが、いまも、社長さんの役や「みんな一緒に松本ピアノ」とかいうコマーシャルがながれてますから結構息が長いタレントさんです

ささじゅうろう おおむらこん ちゃがわ一郎 おおがん こがん なんてタレントがなつかしいのは60年代のテレビが普及し始める頃の、テレビっ子世代、アラシックス世代ってことですか?

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

藤田まこと、の

 投稿者:管理人  投稿日:2009年11月 5日(木)09時53分19秒
返信・引用
  「てなもんや三度笠」が始まったのは、昭和37年ですが、
この番組にも、異色の役者が出演していました。
それが、開始の翌年から出始めた財津一郎という人で、
おかしなポーズで奇声を発する変わった「芸」で人気を博したものです。
 

Re: 半世紀前には

 投稿者:丸谷オタク  投稿日:2009年11月 5日(木)09時31分32秒
返信・引用
  > No.7670[元記事へ]

そういえば、会員がよみおえたマガジンは、古本屋に売っていましたね。 よしおさん、ばんとうはんとでっちどん、とんま天狗、いずれも好きでした。姓はオロナイン、名は軟骨、も分かりきっていながら、そのばめんになると、ドキドキし、聞いた後は拍手とわらい。にたフレーズは、てなもんやサンドガサ、藤田まことの、俺がこんなにもてるのも、当たり前田のクラッカー。あれだって毎回、同じ台詞なのに、毎回楽しかったなあ。

> 古本屋と並んで、貸本屋も健在でした。
> 小学校高学年の頃、小遣い銭をためて、お目当ての本を読んだもものです。
> ただ、何時もの如く、それが何と言う本、雑誌であったのかは覚えていません。
> テレビでは、大村菎の頓馬天狗が流行っていましたね。
 

丁稚という言葉も

 投稿者:管理人  投稿日:2009年11月 5日(木)06時54分21秒
返信・引用
  もう、今では知っている人の方が少ないかも知れません。
テレビという新しいメディアに、
寄席・演劇の娯楽要素を取り入れたものが、コンちゃんたちの世界だったのでしょう。
また、あの時代の方が、
個性的で演技力も豊かな人が多かったようにも思えます。
 

大村菎は

 投稿者:よしお  投稿日:2009年11月 4日(水)21時31分0秒
返信・引用
  人気タレントでした 番頭はんとでっちどんでは、「つれもていこら おまえはあかん」 なんてギャグのフレーズで笑いました

 コンちゃんのでっちどんは、和歌山出身の設定で、「和歌山名物つれションベン」とかいいながらみんなでオシッコをしたりしてましたが、当時は全国的につれしょんべんしてたんじゃないかな

とんま天狗の主題歌は今でも1番は歌えます この頃物忘れが多いのですが、不思議です

「姓はオロナイン名は軟膏」というスポンサーのコマーシャルのフレーズが唐突に出てくるのが子供心におかしな歌だと思いながらも、よく歌ってました

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

半世紀前には

 投稿者:管理人  投稿日:2009年11月 4日(水)10時58分57秒
返信・引用 編集済
  古本屋と並んで、貸本屋も健在でした。
小学校高学年の頃、小遣い銭をためて、お目当ての本を読んだもものです。
ただ、何時もの如く、それが何と言う本、雑誌であったのかは覚えていません。
テレビでは、大村菎の頓馬天狗が流行っていましたね。
 

Re: 丁度、50年前の

 投稿者:丸谷オタク  投稿日:2009年11月 4日(水)09時58分34秒
返信・引用
  > No.7668[元記事へ]

高校時代、一人5円ずつだしあってマガジン会を結成、回し読みしたものです。くじで順番を決めるのですが、何故かY君が最下位となると、一番人気だった、あしたのジョーの内容を詳細に他のメンバーが語り始める。彼は耳を塞いだり大声出して聞こえないように努力しますが、多勢に無勢、かなり聞かされる羽目に。やがて授業開始となって彼は嬉しそうに、あしたのジョーをよみはじめます。ところが偶々数学のS先生だったりするとすぐにマガジンを没収。Y君には前にでて難問を解くよう指示され、ご自身はあしたのジョーを熟読。授業が終わるとマガジンはY君に返すのはいいけれど、罰則として、さっき読んだばかりの、あしたのジョーの内容を詳細に説明。この間、教室内は爆笑の渦。いまにして思えば残酷な罰則だったなあ。そのY君、工学部大学院卒業後は某一流企業研究所勤務。数年前リストラにあって、現在はS先生同様に母校で高校の数学の先生をやっている由。自分が受けたような罰則を生徒に課しているのかなあ(笑)。

> 1959年に「少年サンデー」と「少年マガジン」が創刊されています。
> 月光仮面は、とても人気がありましたね。
> 今見ると、何か、とても「おどろおどろしい」感じなのですが…。
>
> 長田は、鉄人のおかげで、人出が増えているようです。
 

丁度、50年前の

 投稿者:管理人  投稿日:2009年11月 3日(火)07時08分29秒
返信・引用
  1959年に「少年サンデー」と「少年マガジン」が創刊されています。
月光仮面は、とても人気がありましたね。
今見ると、何か、とても「おどろおどろしい」感じなのですが…。

長田は、鉄人のおかげで、人出が増えているようです。
 

子供の頃

 投稿者:よしお  投稿日:2009年11月 3日(火)00時20分48秒
返信・引用
  マンガのある雑誌は、月刊誌しか無かったですね 少年クラブ ぼくら 冒険王などがありましたが、月光仮面の載っていた少年クラブ以外は、買ってもらえませんでした

もう半世紀以上前のことです

http://yaplog.jp/muro-kumano/

 

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