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いつやらお話しましたように、町の将来についての座談会などといいながらも、行政が主催するとまず結論ありきで、司会者はそれに向かって誘導する。私が出た際は、歴史学者、直木賞候補作家、それに私などという、どんなに圧力かけても決して臍がまっすぐにならない奴らがいましたから、行政の思い通りにならなかった。最初から彼らにとってはミスキャストだったんでしょう。
いつやらは河川改修に伴う河川敷の利用法などという会のメンバーにも借り出された。ところが行政が言い出したのは「多自然型河川」を目指すというもの。私が河川などというものは本来自然な水の流れである。そして自然というものは種々雑多なものが入り混じった集合体を指す。私には「多自然型」などという最初から自己矛盾する言葉を誰がいったい何を考えて提唱したのか全く理解に苦しむ。
直後にメンバーの一人である京都大学理学部生物学科出身の元県立高校校長氏曰く、私も全く同感だ。多自然型なんて英語に訳したらどんな訳になるのか。馬鹿な言葉で飾り立てず、住民にとって河川敷をどうしたらいいのか、アンケートでもとったらどうか云々。これまた私と校長の二人がミスキャストだったんでしょう。ほかの人達はいつも行政の諮問委員会の常連さんだから沈黙するばかり。結局、アンケートすることになって会は解散。
そのほか、町づくり研究会というのにも呼ばれましたが、行政主導と分かって固辞。最後に声をかけられたのは図書館を作る会。これだけは完全に民でしたから、家内に町議会だよりに、行政の文化行政に対するお粗末きわまる姿勢をこっぴどく批判させたりしました。結果、実に立派な図書館ができた。
行政主導からは何も生まれません。民の力こそ真の力です。行政の長たるものには選挙がありますから、最初から民から生まれた力が一番の脅威です。だから、その前に諮問委員会を作って行政主導にしたいのでしょうが、流石にこれまで同じメンバーでやりすぎてきたので、もう誰もだまされない時代になりつつあります。少しは成熟国家に近づいた?
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