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中国モノの話70

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 9月14日(日)19時27分10秒
返信・引用 編集済
  この絵を見た当時は、岸和田の岩根さんに「絵本通俗三国志」を
長期でお借りしていたのですが、姜維にもあまり馴染みがなかっ
たので↓の彫り物が69の図柄とは気付きませんでした。

宮元講 大屋根(後面)幕板
 
 

中国モノの話69

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 9月14日(日)19時18分41秒
返信・引用 編集済
  大屋根後面の幕板を忘れておりました。この図柄は、私も
何回か見ていたのですが、気付きませんでした。この図柄
は師匠に教えて頂きました。
「魏の王観、いつわりて姜維へ降る」

葛飾戴斗:画「絵本通俗三国志」より
 

中国モノの話68

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 9月 5日(金)20時41分3秒
返信・引用 編集済
  ↓の反対にある大屋根(左)の脇障子ですが、絵の方は⑭をご参照下さい。
この彫り物は⑭で書いた様に65の彫り物と並んで非常に有名な図柄なんで、
覚えておかれた方が良いでしょう。

宮元講 大屋根(左)脇障子
 

中国モノの話67

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 9月 5日(金)20時05分13秒
返信・引用 編集済
  元データを飛ばしてしまったので、あまり良い画像は無いのですが・・・。
↓の絵を元に彫られた彫り物です。

宮元講 大屋根(右)脇障子
 

中国モノの話66

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 9月 2日(火)20時06分46秒
返信・引用 編集済
  大屋根(左)の彫り物の絵もあるにはあるのですが、彫り物と少し感じが違うので、
脇障子(右)の彫り物を見て行く事にします。
「董卓、ゆめに一の龍来たりて身にまとうと見る」

葛飾戴斗:画「絵本通俗三国志」より
 

中国モノの話65

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月26日(火)18時54分10秒
返信・引用
  次に大屋根右の幕板の彫り物をご紹介しようと思います。この彫り物は、⑪でご紹介した「劉備玄徳 壇渓を跳ぶ」の彫り物なんですが、彫り師さんのお遊びと云うか左奥に36でご紹介した奇童の様な彫り物があります。この彫り物にも左下に人物名の刻みがあったと思うのですが、残念ながら↓の画像では見る事が出来ません。

宮元講 大屋根(右)幕板
 

中国モノの話64

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月18日(月)20時04分33秒
返信・引用 編集済
  では、↓で書いた様に樽井宮元講の彫り物を見て行きます。
宮元講の彫り物は、今まで書いて来た様に「三国志」で統一されています。一番の決め手は濱中講と同じ様に
人物名等が刻みで彫られている事でしょう。↓の彫り物も画像では見辛いと思いますが左下に「呂布」と彫ら
れています。この彫り物の絵は、⑫に掲載していますのでそちらでご参照下さい。

宮元講 大屋根(正面右)小脇板
 

中国モノの話63

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月16日(土)09時07分47秒
返信・引用 編集済
  今回で戎福中講は最終になります。戎福中講の小屋根左の幕板は、現在上地車でも多く使われている図柄ですので彫り物をご覧になられた事はあるんじゃないでしょうか?

簡単にこの場面を、ご紹介すると52で項荘が剣の舞を舞って隙あれば劉邦の命を狙おうとしており、それを阻止しようと項伯が同じ様に剣の舞を舞うのですが、項伯に疲れが見え始めた事を感じた張良は、それまで門外で待機していたハンカイに劉邦がこのままでは危険なので、剣舞を止めさそうと騒ぎを起こして中に入る様に指示します。案の定ハンカイは、項羽の兵で固められた門を壊して中に入ってくるのですが・・・。

この場面は、↑に書いている様にハンカイが門を壊して中に入ろうとしている場面です。絵の方は⑱の絵をご参照下さい。木下彫刻さんには⑱の絵を元に↓の彫り物を彫って頂きました。
次回からは、樽井宮元講の彫り物を見て行きたいと思います。

戎福中講 小屋根(右)幕板
 

中国モノの話62

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月15日(金)10時35分5秒
返信・引用
  61の絵を元に、木下彫刻さんに彫って頂いたのが↓です。

では、簡単にこの場面の物語をご紹介しましょう。

項羽は叔父の項梁と共に会稽に暫く隠れ住んでいたが、会稽の太守の殷通(いんとう)に秦に背いて旗揚げしようと云う話を持ちかけられた。殷通には大志は無く、項梁は項羽と結託してその城を奪う事に成功した。その後項梁は数万の精鋭を得たが、武略の大将を味方に引き入れるべく、会稽山のふもとにいる、于英、桓楚の2人の盗賊の大将の説得にあたった。しかし彼等は項羽に、山の下にある禹王の廟に高さ7尺、周囲5尺にして重さ五千斤と言い伝えられている石の鼎(かなえ)を倒し、再び起こしたなら協力すると述べた。そこで項羽は、鼎を押し倒し起こす事を三回繰り返し、それどころか鼎を持ち上げてみせた。これに驚いた于英、桓楚は地に平伏して項羽に従う事を約束した。

戎福中講 小屋根(右)幕板
 

中国モノの話61

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月15日(金)09時41分32秒
返信・引用
  項羽の絵は、59の葛飾北斎の絵を使って、背景には60を使うと云う事で、
合成した絵が↓です。

「項羽 重さ五千斤の鼎を持ち上げる」
 

中国モノの話60

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月15日(金)09時32分36秒
返信・引用
  物語を再現したいと云う彫物検討委員の意向で、背景に↓の絵を使う事になりました。

?:画「通俗漢楚軍談」より
 

中国モノの話59

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月15日(金)05時10分33秒
返信・引用 編集済
  次に小屋根右の幕板を見て行こうと思うのですが、実はこれには秘話がありまして、
元々の「通俗絵本漢楚軍談」の絵は、表紙見開きの↓の絵だったのですが、

左の虞(ぐ)氏とは、項羽の愛人で後世虞美人と云われ、ひなげしの花
(別名=虞美人草)にも例えられています。

葛飾北斎:画「通俗絵本漢楚軍談」より
 

中国モノの話58

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月13日(水)10時33分54秒
返信・引用 編集済
  世間ではお盆休みですが、私は今日から19日まで仕事です。(涙)
幸いPCを持ち込んでも良いとの事なので、こうして書き込みが出来ます。暫く途絶えてましたが、また再開します。

今回から、昨年、大改修で追加された戎福中講の彫り物について見て行きたいと思います。
戎福中講の小屋根は全くの新調ですが、飾目等若干彫り物も残されています。
では、新しく追加された彫り物を見て行きたいと思います。
戎福中講の彫り物は51~55まで見て頂いた様に、「漢楚軍談」の彫り物で統一されています。そこで、小屋根の彫り物も、「漢楚軍談」の彫り物で、「通俗絵本漢楚軍談」の葛飾北斎の絵を元絵に使って頂く様、木下彫刻さんにお願いしました。
また、今回追加の彫り物では主役である「項羽と劉邦」の彫り物を入れて頂いた事も、見所であると云えます。先ず車板の彫り物ですが、この彫り物は元絵を元に、「漢楚軍談」の物語を忠実に再現してくれています。この場面の話をご紹介すると、

「逃亡した劉邦一行は芒トウ山に差し掛かった。先行していたものの報告によると、白い大蛇が道を塞いでいて通れないという。それを聞いた劉邦は平然と剣で一刀両断!して先に進んだその後、後続のものがその場所に差し掛かると道ばたで泣いている老婆が一人。事情を聞いてみると「赤帝の子が、我が子(白帝の子)を切った」という。白帝とは現帝をさし、赤帝とは次期帝をさす。ここから劉邦が赤帝の子であるといわれるようになった。」

とある様に、彫り物でも大蛇は白く塗られており、上地車では「漢の高祖の龍退治」と云う様に龍が彫られている場合が多いんですが、大蛇に拘ったと云うのも今回の彫り物の特徴であると云えます。この彫り物の元絵については、⑮をご参照下さい!!
「劉邦 芒蕩山に白蛇を斬る」

戎福中講 小屋根車板
 

中国モノの話57

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月 4日(月)20時32分18秒
返信・引用 編集済
  能の「張良」は、「漢楚軍談」の話と若干違うのですが、能の「張良」のあらすじを
ご紹介しましょう。

「漢の高祖に仕える張良は夢の中で老翁と出会う。兵法を伝授してもらう約束をし、
夢の中で約束した五日後に橋のほとりに行く。しかし、老翁は約束の時間に遅れた
事を咎め、また五日後に来いと言い去っていく。これが第一回の試みであった。
 五日後、張良は正装をし早暁に行くと威儀を正した老翁が馬に乗って現れた。
そして自らを黄石公と名乗り、履いていた沓を川へ落とした。
張良は急いで川に飛び込んだが、龍(龍神)が現れ威嚇し沓を取られる。
張良はすばやく剣を抜き立ち向かい龍から沓を奪い返した。
黄石公は張良の働きを認め、兵法の奥義秘伝を授けるのだった。」

と能の「張良」ではこう云うお話なんですが、平野区杭全神社の野堂北組にも
戎福中講の脇障子と同じ図柄の彫り物があるので↓をご覧下さい。

平野区杭全野堂北地車 小屋根車板
 

中国モノの話56

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月 1日(金)21時33分39秒
返信・引用 編集済
  実は、能には「張良」と云う題目があって、同じ「黄石公と張良」の場面で、
龍(龍神)が出て来るのです。戎福中講の左の脇障子はこの能の場面を彫った
モノだと思われます。↓の彫り物をアップでご覧頂くと解るのですが、龍の手
(前足?)には沓が握られています。
改修前の彫り物も同じ様に沓が握られていました。

戎福中講 大屋根(左)脇障子下部分
 

中国モノの話55

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 8月 1日(金)19時51分48秒
返信・引用 編集済
  ↓の彫り物は脇障子の左右を入れ替えて合成しています。
つまり、右の脇障子を左に左の脇障子を右に配置して合成しています。
戎福中講の彫り物は、以前「三国志」の彫り物と云われていた事もあり、
左の馬に乗った老人は、「諸葛亮孔明」だと思っていました。
また、右の人物は龍がいる事から「漢の高祖」かな?とも思っていたのですが、
某彫り師さんに「黄石公と張良」だと教えて頂きました。
⑲の絵にもある通り、横山光輝の「項羽と劉邦」でも、「絵本漢楚軍談」でも
龍は出て来ないのでおかしいなと思っていたのですが・・・。

戎福中講 大屋根(右・左)脇障子
 

中国モノの話54

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 7月28日(月)19時56分40秒
返信・引用
  ↓の絵は、私の持っている「通俗絵本漢楚軍談」には、載ってない絵なんですが、
図柄はQC師匠より教えて頂きました。
「張良、韓信に宝剣を売る」

?:画「通俗漢楚軍談」より
 

中国モノの話53

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 7月28日(月)19時27分32秒
返信・引用 編集済
  7/20に新調入魂式があった、岸和田旧市宮本町の図柄等調べていたので、
書き込みが滞っちゃいました。改修して殆ど見えなくなってしまいましたが、
戎福中講の背面の幕板です。

戎福中講 大屋根(背面)幕板
 

中国モノの話52

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 7月20日(日)06時28分5秒
返信・引用 編集済
  元々私は、戎福中講の彫り物を「三国志」と思っていたので、全然解らなかったのですが、
この彫り物の図柄は、QC師匠に教えて頂きました。項羽は軍師笵増(はんぞう)の入知恵で、
劉邦を鴻門の会に招待して殺そうと計画するのですが、張良の機転等でこの難を逃れます。
↓の絵は笵増の命令で、項荘(右)が剣の舞を舞って隙あれば劉邦の命を狙おうとするのですが、
項伯(左)が同じ様に剣の舞を舞ってそれを阻止する場面です。
「鴻門の會剣の舞の図」

葛飾北斎:画「通俗絵本漢楚軍談」より
 

中国モノの話51

 投稿者:「樽井の祭り」管理人  投稿日:2008年 7月19日(土)21時20分40秒
返信・引用
  HPの更新等で少し中断しましたが、再開しましょう!!
戎福中講の左右の小脇板ですが、絵の方は一つなので左右の小脇板をイラストレーター
を使って一つに合成しました。

戎福中講 大屋根(正面左右)小脇板
 

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