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三沢さんが亡くなった。
俺は、ずっと、小さなときから
プロレスが嫌いだった。
初代タイガーマスクは小さな頃大好きだってけど、
プロレスのさまざまな予定調和が、
子供心に鼻に付いて、
わりと、すぐにプロレス離れをしていた。
そして、3、4年前に、
新しい職場環境にどうにか馴染もうと、
冷やかしのつもりで、
プロレスを見に行った。
武道館のノアだった。
まだ、周りの何か狂信的なノリについていけず、
臨場感と、その娯楽性にだけ感心して会場を後にした。
でも、なぜだかもう一度見たいと感じた。
醒めた意見をいう俺を、
同僚はもう一度誘ってくれた。
本当に今にしても何故だかわからないが、
もう一度みたくなった。
次に足を運んだのは、
ドームだった。
やはりノア。
何故かしら、初めから嬉々として楽しめた。
子供心に嫌ったはずの予定調和。
なのに、なぜ、こんなに沢山の人が
夢中になるのか、本当に知りたかったし、
その理由は、もう薄ら分かり始めていた。
Jr.の試合に、純粋に目が釘付けになり、
そのまま、言葉を飲んだままずっと全ての試合を見ていた。
前回と同じように、
全ての選手が、激しくカラダをぶつけ合い、
あの嫌悪していたはずのシナリオを、
全開全力で、少しでも激しく少しでも力強く、
少しの迷いも見せずに、
限られた時間の限られた役割の中で、
魂を込めてぶつけ合っていた。
なにか、たまらない気持ちが込み上げつつあった時、
小橋対健介のチョップのみで見せる、
魂のぶつけ合いを目の当りにして、
知らず泣きだしていた。
まだ何に感動しているのかわからなかった。
そして、もうこれ以上の試合はないと分かりつつ、
最後の三沢戦を待った。
お客も皆わかっている。
今一番肉体の爆発力があり、
現在進行形の試合は、
すでにセミファイナルで終わっていた事を。
でも、登場のSEにのって、
もうずっと格好悪い衣装だな、と思っていたあのグリーンのユニフォームを着て、
三沢選手がリングに向かう時、
その存在感に圧倒された。
そのありふれた試合展開の中、
ズシリズシリと、
会場をハッキリゆらす、
三沢選手のエルボーに
痺れていた。
その一挙手一投足に、
この格闘系主流の中、
今でもドームを満員にする興業を背負う、
いわばカリスマの
覚悟の佇まいを見つけた。
相手選手も、パートナーも審判も観客も、
この命懸けのステージである、
プロレスそのものを、
そしてたぶん、
生きるという事全てを肯定し、
会場
一体となって見守り、
力を贈り、
感じようとしていた。
とにかく言葉にならない感情でいっぱいになって、
席を離れ、売店等のある踊り場に一人で移動し、
この空間全てを目に入れようとした。
同僚は、オレが退屈したのかと心配し、
試合途中なのに、追ってきた。
事実、当時は今以上に複雑な気持ちで過ごしたなんだか煮詰まり切った時期で、
時折俺は、急に人前で意識的に続けている、
ポジな態度を持続出来なくなる事があって、
もしかしたらそう捉えられたのかもしれなかったが、
俺は、追ってきたその同僚に、
誘ってくれて、本当に有難うと伝えた。彼はキョトンとしていたが、
俺は、その場で、
リングに向かって、
大声で叫んだ。
ミサワー!って。
場違いな事もあり、周りの踊り場にいる人たちは少し笑ったのち、
今度は、
同僚も、周りの席を外してうろついているまばらな人たちも叫んだ。
ああ、ここに、本当の表現者たちがいる。
そして、それを心から求め、
お金を投じて、 そして自ずから全力で楽しもうとしている人たちが居る。
俺は、やっと感動の正体を確信して、
眩しいリングとそれ以上に眩しいと感じた客席のすり鉢上の重力に煽られ、
階段を歩きながら、
まるでその通路を真っ直ぐ行けば、
あのリングステージにたどり着くような連想をしながらゆっくり自分の席に向かった。
音楽に対して、
真っすぐに向かう、
自分なりの準備が再び整った瞬間だった。
人々に、何かを見せ、ココロを動かし、
かつ、それを続けていく為の、
覚悟を、
その灯を受け取った、
まさに、表現行為だった。
その日がなければ、俺は、今バンドをやっているか分からない。
どんな良質な芝居や、熱いライブをみても取り戻せなかった気持ちが、
嫌いだったあのプロレスのリングにあった。
少しの迷いも、少しの準備不足も許されない、
そして、飽きさせたらそれでおしまい。
更には興業として、成立させていくには、
徹底的に繰り返すことが可能なフォーマットが必要になる。
それを、先に書いたように飽きられずに見せるためには、
もっともっと強く打たなくてはならない、
もっともっとココロを入れなければならない、
もっともっと鍛えなければいけない、
そして、もっともっと、もっと信じていなければならない。
その精神性を
もっとも体現していた団体だったのではと思う。
その象徴が、
あの三沢さんだったんだと思う。
バンドメンバー誘ってまた見に行くつもりだった。
一昨年は、入院がちだった友達にも声をかけていた。
残念だけど、
いま、俺は、また表現世界の真っ只中にいる。
先に音楽をやめていたかもしれないと書いた。
もしあの時音楽をやめていたら
俺は、今どうしていたか、
考えるのも怖い。
立ち止まらすにあきらめずに来たが、
そのエネルギーが、完全にからからの状態で
ココロに鞭打っていただけの日々だから、
何が起きていても不思議じゃなかった。
その他に色々力になる経験をしていたけど、
キッパリした分岐点は、
あの日のドームだと思う。
いま、もう三沢さんのいるノアを見れないことは残念だけど、
あの日に受け継いだ表現をするための覚悟は、
いま昂々とここにある。
常に命を削り、死をも覚悟にいれて日々切磋琢磨されているレスラー各位、
そして、その道を、
一切の横道なく示し続けた
三沢選手、
有難うございます。
ご冥福を。
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