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中学生の頃
この先の科学の進化の指針として、
兵器の性能や、その威力を競うのではなく、
兵器の破壊力や悪意を無効化する技術の開発に向かえばいいのにと、父親に話した事がある。
詰まる所放射能の除去や火薬以上の物理的な技術をマヒさせる装置、生存に過分な知識の減退プログラム。
要は、ヤマトがイスカンダルから持ち帰ったコスモクリーナーやら、24で出てきたパルス爆弾(だっけ?)やら、バベルの塔の崩落に充たる何か。
それが実現すれば、世界は平和になると信じていた。
だが、おそらくはソウではあるまい。
汚染や大量破壊を伴う戦いを回避できる技術が実用化したとき、
自らが羊飼いであると信じる支配者層や選出された優性人民、そして働き手として必要な言わば迷える羊たちを除く、
全ての人間は、
ハルマゲドンとして回避不能だと刷り込まれた、
大洪水によって淘汰されるだろう。
ラグナロクでも弥勒世でもしかり、
その他に殆ど全ての神話や宗教に予め規定された
大掃除が行われる。
そこへ向う中においての
束の間の均衡。
どれだけそれを穏やかに実現したくても、
競争原理や経済システムが
少子化を悪とよびつける。
地上が再びエデンと化すその時、
ほとんどの善人は、ほとんどの悪人とともに
あらいながされる。
その何処に神がいると思う?
いいや、神という方便は
この多すぎる人民を最小限の磨耗で整頓したもう
素晴らしくよくできた
実用的で有難い方便だ。
しかし、ぼくも、美徳をもたらす、
聖人を敬う気持ちや、
幼心に思い描く、
あの白髭で仙人風情の神さまは好きだ。
だが、
ま、はなしを少しの畳んで、
核廃絶自体が既にそうした多くの命を左右する、
駆け引きの切り札なのだ。
一側面としては、
ひろく、
羊と
羊飼いの。
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